【寝屋川市】寝屋川市の歴史を紐解くシリーズ第15弾!安政年間から平池町に建つ平池家住宅の主屋と長屋門が国の登録有形文化財に登録されました。

寝屋川市平池町に所在する平池家住宅の主屋と長屋門(ながやもん)が、文化庁の定める登録有形文化財(建造物)に登録されました。
平池町の通りに面したこちらの重厚な門が、登録有形文化財に登録された長屋門。

平池家長屋門

2021年3月19日、平池家を伺ってまいりました。
重厚な長屋門の中の平池家住宅は、実際に住居として使われていますので、公開はされていませんが、特別に登録有形文化財(建造物)に登録された主屋と庭園を見せていただきました。
平池家は、1300年代から続くとされる平池村の大庄屋を長く務めた旧家で、『寝屋川市史』でも沿革を確認することができます。
ちょうど、主屋の前庭には枝垂桜の大木が花を咲かせていて、青空の下、大変美しい光景でした。

平池家平池家住宅について

○名称及び建築年代
平池家住宅(ひらいけけじゅうたく)
主屋(おもや):安政5年(1858)
昭和 29 年(1954)改修・平成元年増築

長屋門(ながやもん):文久2年(1862)
昭和2年(1927)改修

長屋門はケヤキの一枚板の扉に八双金具、乳金具を打つ荘厳な造りで、大庄屋屋敷の表構えを形成しています。

平池家住宅
○所在地
寝屋川市平池町

○登録基準
基準(一) 国土の歴史的景観に寄与しているもの
平池家住宅は、旧主屋を分割し改修をしているものの、近世後期の北河内地域の大規模な庄屋建築の特徴を残す貴重な建造物であり、歴史的価値の高い建物として登録されました。

平池家

○建造物の説明
平池家住宅は、寝屋川市中心部のやや西北部に位置し、平池村の大庄屋を長く務めた旧家です。
今回主屋と長屋門が登録されることになりました。
現在の主屋は安政5年に建てられた広大な旧主屋を昭和29年に分割し、式台から座敷部分を改修したものです。
桜の木の下から住宅を撮影させていただきました。
向かって左側部分が、旧主屋と分割して、改修、増築をした部分になるそうです。



造りは平屋建の入母屋造桟瓦葺(いりもやづくり・さんがわらぶき)で、南北・東西方向に棟を通し、下屋を廻しています。
その間取りは、南側中央部に玄関を、玄関東隣に洋室の応接間を設け、その北に東側の庭園に面して南から8畳の座敷、 納戸、10 畳の座敷が配されています。
改修前は、現在、生垣で区切られている左側の建物と繋がっている大きなお屋敷だったということです。

平池家住宅
次に庭園を見せていただきました。
重厚な構えの主屋東側には池泉廻遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)が広がっており、主屋東側の南北ふたつの座敷から庭園全体を展望できます。
池越しに見る主屋は正面から見る光景とはまた違った美しさがあります。

平池家住宅

お庭にある伽藍石です。

平池家住宅
これは、ここに柱があった跡というわけではなく、明治期の庭園の流行だったということです。



屋根の下に見える梁は、なんと15メートルもあるそうです。
これほど長い梁が通っている住宅はなかなか見られないということです。

平池家住宅

現在でもかなり広い庭園の池でしたが、昔はもっと大きな池であったということです。



大変立派な枝垂桜ですが、お話をうかがったところ、例年はもっと沢山の花をつけるのだそうで、今年は天候の加減か枝先に花芽がつかなかったということです。

平池家

今回は特別に中に入らせていただき、見せていただきましたが、現在もお住まいのお宅ですので、住居やお庭の見学はできませんのでご了承ください。
長屋門は通りから自由に見学することができます。

平池家住宅

それでは平池家住宅の外側からの風景を見ていきましょう。



こちらは、長屋門の左側の門です。

平池家住宅

辻からの風景です。



この塀の長さからも広大なお屋敷であることがわかります。





北隅の方はいくつも続く段蔵(階段状に続く土蔵)になっていたそうです。
この石垣も人の背丈の2倍ほどあり、濃尾平野の水害地に見ることができる水屋形式になっていました。
現在は、取り壊されて残る土蔵はこのひとつになっています。



平池は池の名を残すとおり、土地は低く、昔は池であり、沼であったところが、開発されて新田となっていき、村が発生したことが、平池という地名になったと言われています。
池と名前がつく村だけに掘ればすぐに水は湧くのですが、清澄な水が得られなかったため、天井川である寝屋川の堤の裾に井戸を掘って、その伏流水を村の中央までひいてきて、広い共同井戸を作っていました。
清水橋を渡って平池の方におりたところに、黒い板囲いをした源泉井戸が二つあったそうです。
その源泉から道に沿って水を導き、ちょうど、この三角の地点に小屋を作り、共同井戸としていて、いつも村人が2~3人集まってここで水を汲んだり洗い物をしながら、文字通り井戸端会議をしていたそうです。
現在の平池町南のバス停の三叉路のところです。
昔はこの左手のカーブの内側一帯が平池家の敷地でした。



今では、水路は暗渠されてここに井戸があった面影はありませんが、目を閉じると清らかな水をたたえる井戸を囲んで野菜を洗いながら世間話を交わす様子が思い浮かびます。

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登録有形文化財への登録については寝屋川市企画3課より情報提供をいただき、現地取材させていただきました。

平池町はここ↓↓↓

2021/03/20 07:18 2021/03/20 19:27
neyamon

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