【寝屋川市】寝屋川市の歴史を紐解くシリーズ第1弾!地形から読み取れる縄文時代。寝屋川市の半分は海だった!
今日は夏休みの自由研究、『寝屋川市の歴史を紐解くシリーズ第1弾』として、地形から縄文時代の寝屋川市について考察します。
これは寝屋川市駅から香里園駅までをほぼ真ん中にした寝屋川市の地形です。
綺麗に真ん中を南北に崖が走っています。

寝屋川市の地形(寝屋川の輪より)
東側の緑になっている部分は標高の高い山手、すなわち生駒山系の裾野の部分です。
真ん中に四角形が見えますが、そこが大阪府立大学工業高等専門学校のあるところになります。

大阪外環状線を境に綺麗に山と平地に分かれているのがわかります。

まさしくこの南北に走る崖は、縄文時代の河内湾の頃の海蝕崖の名残りなのだそうです。










